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第62回 斐成會 龍村の帯展

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第62回 斐成會 龍村の帯展へ目

「斐成會(あやなすかい)」とは、晋の国の佐思の漢詩「貝錦斐成 濯色江波」(貝殻の文様のように美しい錦、色鮮やかな糸を集めて織りなりた錦のようにあやがあって美しいさま)から、初代龍村平蔵が命名。

その名の由来の通り、螺鈿のように美しい織物たちで溢れておりました。

新作の「螺鈿八角錦」は、螺鈿細工に宝玉の立体感!


初代龍村平蔵は1894年(明治27年)に龍村美術織物を創業。両替商の家に生まれた平蔵は呉服商の叔父の影響を受け織物の世界へ入ります。従来にない独創的な織物をつくりたいという思いから新技術の開発に打ち込み、数々の新しい織物を開発、ジャガード機の導入によっていっそうの図案の重要性を見抜き、優れた図案家の育成にも力を入れます。さらに、法隆寺裂、正倉院裂、そして名物裂と古から残された織物の復元のための研究。裂を分析し正確に模倣し復元することによって高度な技を習得し、糸の性質を巧みに利用して立体感のある織物を創造してきました。温故知新の哲学だそうです。

「どんな複雑な組織の織物も、経糸と緯糸によって構成されている」ということから、偶数で割り切れる数学的な織物から、割り切れない芸術の美の世界を構築することを考え新技法の開発に取り組み新しい芸術的な織物を完成させました。

今もその精神は引き継がれ、復元への探究心から得た技を創作へ発展させています。

こちらが織りあがった帯


さすが、龍村…。やはり重厚感が違います。

「聖華陶彩錦」 トルコの装飾タイル建築を思わせる地中海ブルー


素晴らしい作品をいくつか…。






一番気に入ったのは、こちらビックリマーク「九谷赤絵錦」
また「ない袖は振れない…」と書くと速攻で売れてしまうのかしら…。複雑(>_<)

九谷焼の絵皿がモチーフ。青海波に燕、牡丹。漆箔の白と赤の濃淡で九谷赤絵が表されています。

お太鼓にするとこんな感じ! 素敵(〃∇〃)ラブラブラブラブラブラブ


たれ先になるところの上はオランダ線、下は界切り線。龍村の手織のものは、紺×赤の線です。
関西では龍村の帯のオランダ線と界切り線をわざと見せて仕立てるとお聞きしますが、私は隠す派です。


小物も充実していました♪


じっくり見ることができて素晴らしい會でございました。
ありがとうございましたm(_ _ )m

そして、龍村さんでとてもお世話になった方のご逝去を知ることになりました。
生前のご厚情に深く感謝し、心よりご冥福をお祈りいたします。
朝香沙都子拝

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羽織紐と帯〆 / 松葉文様の羽織と水色地越後型に龍村美術織物の鳥に木立の織なごや帯

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汗ばむ陽気でしたあせる
【3月8日の装い】東京◇曇り(花粉がいっぱい) / 最低気温13℃ 最高気温21℃

羽織の着用時期の目安は、紅葉が彩りはじめる頃から桜が散る頃までといわれます。ドアtoドアの車での移動でしたら、今は暖房が効いているところがほとんどですので真冬でも羽織にショールで充分だと思います。

狭い帯周りに、帯あげ、帯〆、羽織紐となるとゴチャゴチャしてしまいがち。羽織紐の位置と色は意外と難しいのです。これは羽織と紐と帯〆の色が同系色で、羽織紐の位置は帯の上線と帯〆の間におさまった好例。

水色地の越後型小紋に龍村美術織物の鳥に木立の織なごや帯をコーディネート

桜色に灰色ががった暈しに松葉文様の羽織を合わせました。

帯〆は五嶋組紐、帯あげは京都きねや

越後型は小紋の中でも民芸色が強いのですが、これは色が水色にピンクが入っていることもあって柔らかな印象になります。龍村の独特の色とも相性は悪くない。

バッグはロンドンで購入したRADLEYのシグネチャーシリーズ
当時は代理店などなくロンドンまでいくか輸入代行に頼るかしか購入手段がなかったのです。

ぞうりは菱屋カレンブロッソ


桜の開花も間近ですね桜

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きもの旅の荷物とコーデ / 京都マラソン〜京都の冬の味覚 / 2016年初春の京都の旅

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旅先ではその旅を満喫したい、でもリアルタイムの臨場感はお届けしたい。なので、その日の装いやチラッとだけ様子を「なう」としてあげていますが、帰ってから覚書として詳細レポを書いています。

よくご質問をいただく、「きもので旅行」のきものについて。

「きもの1枚に帯3本」といいますが、私は「帯1本にきもの3枚以上」になるように考えています。とくに旅行中は何があるかわかりません。延泊になることもありますし、汗や汚れも心配です。雨や気温対策も考えて、きものは複数枚もっていきます。ですが帯は合わせやすいものを選んで少なくしております。

里帰りも兼ねて、栗山工房の京紅型の帯。たくさん色が入っているのであわせやすい。

梅の季節なので、森口華弘の手描き染め帯。こちらはシンプルだけど画に力があってあわせやすい。


今回の京都の4泊5日の旅は、郡上紬、琉球絣、上田紬、久米島紬、そして結城紬、染め帯2本、部屋着用長板中形浴衣2枚、八重山ミンサー半幅帯、そして、祝賀会用の訪問着、袋帯というラインナップでした。

国内旅行は宅急便をフル活用。スーツケースは立ち置きされてしまうので極力避け、平積みで持ち運びができるボストンバッグをつかっています。これはアウトドアグッズのコールマンのボストンバッグ。開閉部が大きいので、きものの出し入れが便利。そして大容量です。訪問着用の草履やバッグも入ります。


さて、きもの文化検定祝賀会の翌日、東寺の弘法市で茶道具を探すか、志村ふくみ「母衣への回帰」を鑑賞するか、色々迷ったのですが…。やっぱり、あぶり餅が食べたい!!!と、とりあえず今宮神社へ向かうことに。

この日は第5回京都マラソンでした。(それで京都の宿がどこも満室という激戦だった)
京都マラソンは東日本大震災の復興支援をコンセプトとし鎮魂と復興への願いが込められています。

今宮神社までタクシーで向かうと、参道前は京都マラソンのコースとなっており、建勲神社前までしかいけず。歩くことに…。

そしてコースに阻まれて、境内に渡れない…(=◇=;)
ランナーが途切れるまで、今宮神社前で応援していた応援団を鑑賞することに。仙台を拠点に活動している「青空応援団」。東北各地の応援団OBが集まってできた社会人応援団なのだそうです。


この団則が男らしくてカッコイイ! 「青空応援団」のHPより転載させていただきましたm(_ _ )m

一、男らしくあるべし。
一、今日死ぬつもりでやれ。
一、義理を欠くな。
一、身仕舞は美しくしろ。
一、泣きごとをほざくな。
一、見て見ぬフリをやめろ。
一、すげぇ頑張れ。世界の為に。
一、毎日が応援であると知れ。
一、勢いで何とかなることを知れ。
一、人の夢を笑うことなかれ。
一、他人を羨むな。
一、卑怯者を高らかに笑い飛ばせ。
一、全部、諦めるな。
一、勝ってから泣け

ランナーの方も、ここは笑顔で走っていく。中にはしばしの休息の方もいたりして。思わぬ足止めだったのですが、楽しい想い出となりました。


その後、無事に辿り着けました♪

餅の微妙な焦げ具合と白味噌のタレが絶品なのです♪


ちょうど「Design Week Kyoto ゐゑ 2016」の開催期間だったので、西陣へ向かい、「つづれ織工房おりこと」「りんどう屋」を工房見学させていただきました。

夜は祇園の割烹へ。久々に京の味を堪能~♪ というか、すごい量だった…。






もう1泊したのならもっと京都で…と後ろ髪をひかれたのですが、午後から東京で講座があったので、諦めて帰京することに。次は京都の桜、見にいけるかな…桜

地機で織られた結城紬は軽くて暖かく着ていて楽なので長時間移動向きです。
結城紬に森口華弘の梅の手描き染め帯をコーディネート。


きもの文化検定工房見学会の長浜の浜ちりめんについては、追々まとめます(^-^)/

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5年前の桜

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上巳の節句から一気に春本番を迎えたような暖かさでしたが、寒の戻りがやってきました。それでも今年の桜の開花は早そうですね。古来の日本では桜は再生の象徴でした。枯れ木のような木に葉よりも先に花をつける桜は、死んでしまったのに息を吹き込まれ再生したものとされ敬われたといいます。

5年前の3月は暖かい春の到来を心から待ち望み、咲いた桜がより愛おしく感じられたものです。


2011年3月11日はサンフランシスコに滞在しておりました。

サンフランシスコで転倒し殴られたような痣ができてしまい大きなサングラスをかけております…。

サンフランシスコ湾と太平洋がつながる、金門海峡に架かる橋。ゴールデンゲートブリッジの真下。


東日本大震災が起こったことを日本からの連絡で知ることとなります。翌日の朝はNYタイムスやウォールストリートジャーナルでも1面トップ記事として扱われ、CNNニュースでは原発事故に関して大きく取りあげられていました。


原子力発電所がメルトダウンしている可能性があるので、福島原子力発電所の上空近くを飛ぶサンフランシスコからの帰国便は被爆する可能性があるから帰国を見合わせたほうがいいという連絡があったり、サンフランシスコ空港ではアメリカのテレビ局から取材され「あなた方は、あの国(放射能で汚染された死の国という表現)に帰ってこれからどうやって暮らしていくつもりなのか?」と聞かれたりしましたが、日本へ帰ることに迷いはありませんでした。人と人とのつながりを改めて考えさせられ、当たり前のように暮らしていることが当たり前ではないということに気づかされた日でもありました。

震災時にきものを着てサンフランシスコにいたことで、日本人としての心情吐露を求められた経験が自分が日本人であることを強く再認識することになったと思います。

帰国後の日本は、自粛一色できもので出掛けることは憚られ、あらためて今の日本人にとって「きものは贅沢品」であると認識せざるを得ない状況でした。私自身も染のきものに袖を通す気持ちには中々なれませんでした。ですが、ただ自粛していても何も世の中に還元できませんので、自分なりにできることをやりつつ、通常生活を送り、きものブログも更新しました。この当時たくさんの方からメッセージをいただいたことが、励みになっています。

現代の生活において、きものはなくても困らないものです。贅沢品かもしれません。しかし洋服のように流行を追いかけ使い捨てるようなことはなく、きものは1枚の反物に戻し再生することができるのです。きもの生活に慣れてしまえば、それが当たり前のこととなります。日本人にとってのきものは、ただ肌を隠すものでも寒さを凌ぐためのものでもありません。今の形になった歴史と伝統、そして製作に携わった多くの人や様々な人の想いを受け継いでいくものだと思います。

きものは日本人にとって大切なものですが、失いかけてから気がつくものとなりつつあります。私はつくり手にはなれませんが、きものを着る人でありつづけたい。そのために良さを知り、伝承していきたいと思っております。

あらためて哀悼の意を表し黙祷を捧げます。

朝香沙都子拝

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枝垂桜の道行に桜色の黄八丈に墨描きの桜の染め帯 / 室町の加納の展示会

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寒の戻りの寒さは堪えますね。。。
梅の花がこぼれ、桜のものを纏いたい頃になると、カシミアコートに逆戻りは気分的にしたくないのです。なので、ストールで防寒し、枝垂桜文様の春の道行です。

こうして書いていて気がつく、花の終わりの言い回し。梅はこぼれる、桜は散る、椿は落ちる、雪柳は吹雪く、牡丹は崩れる、菊は舞う…。四季を楽しむ日本ならではなのでしょうか、美しい言葉ですね:*:・( ̄∀ ̄)・:*:

【3月12日の装い】東京◇曇り(寒の戻り、寒い!) / 最低気温3℃ 最高気温8℃

枝垂桜文様の道行は季節限定ですが、春はセミフォーマルを着る機会が多いであろうと、つくったもの。セミフォーマルだけでなく、日常でも着ております。


桜色の黄八丈に墨描きの桜の染め帯をコーディネート

根付紐はオヒョウの樹皮からつくった糸で自分で編んでみました♪

季節を目一杯堪能したいので、桜の帯は開花前から散る頃まで楽しみますが、この墨描きの桜はいかにも咲きはじめといった風情ですので、三分咲きの頃まででしょうか。


室町の加納さんの展示会へ目
この日あちこちで展示会ラッシュだったのですが…馬喰町付近で迷子になったこともあり、梯子できず。
会場に入るなりこの帯に眼が釘付け!!佐々木苑子の帯。

素材のもつ力を最大限に五感で感じとってつくられている織物だと思っております。

ほしいものリストの1ページ目にあるのですが、←何ページあるのだとツッコミが…
いつになることやら…。う~ん。


能登半島で昔ながらの技でつくられるという士乎路紬(しおじつむぎ)。
反物が軽い!手引きの真綿糸の柔らかい風合いが着心地が良さそうです。墨色に近い灰色というのでしょうか、上品な色と絣の濃淡も魅力的♪


ビックリしたのは、こちら!緯糸に与那国蚕(ヨナグニサン)がつかわれています。与那国島に生息している掌よりも大きい世界一大きな蛾の蚕からとれる糸なのです。じつは、ぬぬパナ八重山勉強会の旅で与那国島へいったときに、アヤミハビル館で、その蚕に会ってきました(^_^;) アヤミハビルとは与那国蚕のことです。近々レポートしますのでみてくださいませ~。

あの蚕から生まれた布を触ることができて嬉しい~。蚕はすっごく怖かったのですけどね…。近々公開しますけれど驚きますよ…、ホントに(((゜д゜;)))


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日本の最西端、与那国島へ♪ / 日本で最後に太陽が沈む所 / ぬぬパナ八重山勉強会の旅 その20

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記憶の扉を再び開ける旅の記録φ(.. )
ぬぬパナの原点•アトリエMORIへ•芭蕉布と上布 / ぬぬパナ八重山勉強会の旅 その19のつづきです♪

琉球染織を訪ねて沖縄本島を含めて7つの島を巡る旅です。石垣島から与那国島へ。
断崖絶壁がつづく海岸線がみえてきました!荒い波の外海の中の孤島なのです。

お天気が悪かったのが残念なのですが、曇り空でも瑠璃色の海が透けて見える目

港の海の色は透き通ったコバルトブルー♪


とうとう松葉杖で日本の最西端の島へやってまいりました。この琉球染織の地で、きものの人をはじめてみた!と驚かれます…。きものの人はともかく、きもので松葉杖の人は珍しいですよね…(^_^;)

与那国島は日本と台湾のほぼ中間に位置します。石垣島から124km、台湾まで111kmです。

面積は28,95平方キロメートル。自転車で4時間ぐらいで島内を1周することができるのだそう。
ドラマ「Dr.コトー診療所」に登場する志木那島の舞台です。コトー先生が真っ青な空の下を自転車に乗っていたのが印象的でした♪ 島内は3つの集落があり約800世帯、1700人が生活しています。


まずは日本で最後に太陽が沈む、最西端の地の西崎(いりざき)へ。
ぬぬぬパナパナの与那国花織のつくり手、つのだれいこさんとカメラ (つのださんについて後ほど)
この旅で与那国島をご案内いただきました!

晴れているとここから台湾が見えるのだそうです\(゜□゜)/ ここから台湾までが111km。


ちなみに、もしも晴れていて台湾が見えるとこんな感じなのだそう(-_\)(/_-)三( ゚Д゚)
台湾の山々は富士山よりも標高が高く見えればドーンと近くにそびえ立つようでビックリするそうな。


西崎展望台と東屋があります。

なぎ倒されている樹々は2015年の台風21号の爪痕。航路、空路が欠航し、孤立状態がつづく中で全島が停電したのだそう。家屋や車にも爪痕があり風速81mだったという台風の怖さが伝わってきます。

東屋から見た、久部良岳と久部良漁港。


【12月5日の装い】与那国島◇曇りのち雨(湿度83%) / 最低気温17℃ 最高気温23℃

紺仁の小千谷綿麻縮の単衣にぬぬぬパナパナの前津雪絵の八重山交布(ぐんぼう)の六寸帯をコーディネート。飛行機と車移動の時間が多い日ですのでカルタ結びにしました。


久部良港の高台にある日本最西端のカフェ。モイストロールカフェでランチをナイフとフォーク

来る度に建物が増築されている…という話でしたが、島の暮らしは自分たちで何でもするのが基本らしく、暮らしやすく改築というのはどうやら普通のことのようです。

日替わりのお魚(シイラ)のパスタをいただきました!

そして、こちらは知る人ぞ知るロールケーキの名店。
与那国島でとれた黒糖と蜂蜜のロールケーキが絶品(〃∇〃)ラブラブラブラブラブラブ

日本最西端のカフェで、チームぬぬパナ♪


与那国島の旅、つづきますヾ(@°▽°@)ノ

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大雨の日のきものスタイル / ウールのきものに蛇の目傘に燕の染め帯

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桜の前の花冷えでしょうか、東京は冷たい雨が降っています。

【3月14日の装い】東京◇大雨(横風あり) / 最低気温5℃ 最高気温7℃

江戸川区の村井染工場さんへ<注染>の見学へ。(レポは後日に)
大雨の中を駅から歩くことになるのと、工房見学ですので汚れ防止もかねて、ウィンドブレーカーのようなきもの用フード付き二部式雨コートの上に水屋袴をコーディネート。

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ウールのきものに水屋袴という、家事仕様の装いです。

袴をとめる紐はお太鼓の中を通すようになっています。


魚の骨のようにみえるウールの絣のきもの。

蛇の目傘に柳に燕が紬地に描かれた染め帯

桜の花がチラッと舞っています桜

帯あげは無地のちりめん、帯〆は五嶋組紐

水屋袴をつけると帯まで隠れます。


これにきもの仕様のウィンドブレーカーのような雨コートを着ると宇宙服のようになり、和装なのか洋装なのかもよくわからない…(・_・;) しかしこのスタイルとても重宝しております合格


古布コラージュバッグは古布を籠に貼り付けて膠をつかった特殊溶液で何度もコーティングされているので、撥水性が強い。ぞうりは神職用の雨ぞうり。二枚張りの雨傘はHANWAYです。

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二月大歌舞伎 夜の部 / 志ま亀の巻絵文様小紋に貝桶文様の染め帯

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先月のことですが、二月大歌舞伎は昼の部と夜の部の両方を観劇する機会に恵まれました♪
今更感がいたしますが、夜の部のことも覚書として。


●「籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)」
吉原百人切り事件を元にしたお話。下野の国の絹売り商人が花魁道中に遭遇し花魁に一目惚れし吉原へ通い詰め上客となるものの、花魁には情夫がいて身請け話を袖にされてしまいます。しばらくぶりにやってきた商人は面目を潰されたにもかかわらず鷹揚な振る舞いでわだかまりなく思えるのですが、籠釣瓶という刀を持っていて鞘から抜くと…という。。。

菊之助演じる八つ橋の花魁道中がよくみえる東側花道ヾ(@°▽°@)ノ  ←ありがとうございました


八つ橋の艶然した思わせぶりな微笑と纏わりつく空気感。そして八つ橋に心を持っていかれた佐野次郎左衛門の表情に歌舞伎座の温度が上がったような気がしました。
このお話あまり好きではないのですが、序盤でグッと魅き込まれました恋の矢


籠釣瓶とは妖刀といわれる「村正」のことです。徳川家に仇なす刀、抜けば血をみる妖刀といわれました。徳川家康の祖父清康、父広忠は村正で殺された、息子の信康の切腹の介錯も村正だった、という説から、反徳川からは縁起物のように珍重され、幕末は倒幕派が村正を求めたことで数多くの偽物がつくられ市場に溢れたといわれています。しかし徳川美術館には家康からの尾張徳川への形見分けとして村正が伝わっており妖刀伝説を否定しています。妖刀といったら美しい刀のような気がしますが、実際の所、村正は三河武士に普通につかわれた実用向けの刀のようです。

話が逸れましたが、最後の吉右衛門演じる次郎左衛門のつぶやきが妖刀の不気味さをだしていて、怖いです…(・_・;) 理屈でなく場面場面が印象深い舞台でした。


●「浜松風恋歌」
繁吹く波文様の赤い振袖に海松文様の帯、引抜きでスパッと変わるのも眼福~♪
どこか虚しい重た~い演目の後は、美しい舞踊で良かった。浄化されて歌舞伎座を後にいたしました。


【2月24日の装い】東京◇曇り(湿度32%) / 最低気温5℃ 最高気温8℃

志ま亀の巻き絵文様の小紋に貝桶文様の染め帯をコーディネート

上巳の節句が近かったので、雛飾りの道具にちなんで貝桶文様の帯にいたしました♪

演目にちなんだ装いだと…、刀の鍔とか八つ橋(燕子花)とか…? ちなみ柄だとより歌舞伎鑑賞が楽しめますが、志ま亀は歌舞伎座にあう!と思っておりますので、この装いも自己満足♪

縮緬地に松竹梅と宝尽くしのバッグは衿秀の和想庵、ぞうりは神田胡蝶



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自然光と照明の下での色の違い / 牛田織物の天平聖武絹の後染暈しに双鴛鴦文様の唐織の帯

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リッツカールトン東京@なう

牛田織物の天平聖武絹の後染め暈しに双鴛鴦文様の唐織の帯をコーディネート

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自然光と夜の照明の下では、色が違ってみえます。
この光沢は生繭を諏訪式繰糸機で座繰りの製法で引き上げた糸をつかって、
絹に負担をかけない練り加工で絹の自然の良さを生かした織物だからこそ♪
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与那国島の織物 / 与那国町伝統工芸館へ / ぬぬパナ八重山勉強会の旅 その21

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日本の最西端、与那国島へ♪ / 日本で最後に太陽が沈む所 / ぬぬパナ八重山勉強会の旅 その20 のつづき(^-^)/

与那国町伝統織物共同組合のある与那国町伝統工芸館へ♪


●与那国花織の歴史

琉球染織に関する記述で一番古いものといわれているのが「李朝実録」。1477年2月朝鮮済州島の人が与那国に漂着したときのもので、これによると与那国島ではすでに、筬や杼をつかって藍を染めた苧麻の織物があったとあります。与那国では、綿糸、苧麻、芭蕉糸を島の植物染料で染めたものが織られ、糸が入手しにくいときは漁網を解いて糸につかわれたようです。
与那国町伝統織物協同組合の初代理事長の徳吉マサが母の入西泊マンダルが所蔵した古布をほどき研究を重ね、木綿や苧麻で織られていた花織に絹糸をつかい時代にあった与那国花織の継承と発展となり今に至ります。


琉球染織はそれぞれに魅力がありますが、絶海の孤島で織られるものには他にはない味わいがあります。

与那国の織物の伝承のため後継者育成事業の講習会があり、その作品が展示されていました。


与那国島の織物は4種類あります。

●与那国花織
役人のみが着用を許された、幾何学文様の紋織りの花織。与那国花織は裏に糸が渡らない花織ですので、凹凸もあり単衣として着ると良さそうです♪

与那国花織の幾何学柄には名前があり、それぞれ与那国言葉の数字があてはめられています。
ドゥチン花(四つ花)、イチチン花(五つ花)、ダチン花(八つ花)、イルク花(網目の中に四つ花)、ミング花(三重の菱形の花)


●ドゥタティ
かつては庶民のきものであり、今でも祭りのときに着用される、黒と青の格子柄に絣の綿麻の着尺。

お祭りのときに着用する与那国ドゥタティ。
ドゥ=4 タティ=仕立て のことで、4枚の布をあわせて仕立ててつくることからの名前です。
※着用写真は、ぬぬぬパナパナの我那覇亜紀子さんのところで撮影させていただいたもの


●ガガンヌブー
ドゥタティにあわせる半ミンサー半幅帯。絣の文様はミトゥンダといわれる夫婦愛を表したもの。


●シダティー
木綿地や麻地に緯糸を浮きあがらせておる板花織。祝いの席でつかわれる手巾(ティサージ)です。
こちらはその帯。白地にキレイな緯糸の浮き織り♪ すみれ庵さんのブログでみることができると思います♪



与那国花織を織っていらっしゃるところをみせていただきました!

染料は島の草木による植物染料。琉球染織の中でも淡く柔らかい色です。

与那国花織の花綜絖。

複雑でよくわからない…。織っていらっしゃるところをアレコレお聞きするわけにもいかず謎のままです^^;


こちらは、月橘、車輪梅、ガジュマル、琉球藍、福木で染められた糸による与那国花織恋の矢


与那国島の色は鮮やかというより湿度のあるくぐもった優しい色が合う印象。
だからでしょうか、島の方々も穏やかで優しく、織物は繊細で豊か。

琉球染織の中で、最も現代的でモダンなものが多いように思いました。

花は星のようにもみえますね♪


与那国島の旅、まだまだつづきます(^-^)/

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「PARIS オートクチュール 世界に一つだけの服」内覧会 at 三菱一号館美術館

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「PARIS オートクチュール 世界に一つだけの服」(~5月22日まで) の内覧会へ目
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重厚感あふれるドレスが良く似合う美術館、三菱一号館美術館にて開催中(~5月22日まで)


「芸術は、着れる」がサブタイトル。オートクチュールのはじまりから現代に至るまでの歴史、時代を反映した形、そして世界最高峰の技をみることができる展覧会です。


オートクチュールは19世紀後半にファッションの都、パリで誕生します。イギリス生まれのデザイナーであるシャルル=フレデリック•ウォルトがファッションモデルを採用したコレクションを年2回発表し、デザイナーの署名入りタグを縫い付けた高級仕立服の受注をはじめ、オートクチュールの基礎を築きあげました。ウォルトはフランス革命後、ナポレオン三世皇妃をはじめとした上流階級、そして振興中産階級を顧客とし、バッスルスタイルといわれるスカートの後背部にふくらみを持たせたドレスを生みだしました。日本では明治時代の鹿鳴館での洋装が、バッスルスタイルです♪

ウォルトのイブニングケープ(1898~1900)


クリスチャン•ラクロワによるウォルトに敬意を表してつくられたバッスルスタイルのドレス(1991年秋)


20世紀になると、コルセットから開放された直線的なドレスが誕生します。アールデコの時代です。
マドレーネ•ヴィオネのイブニングドレス(1924年)

ジェロームのイブニングドレス(1925年頃)


ヨーロッパでは昼夜でドレスコード(服装規定)が変わります。レストランでもディナーは男性のジャケット着用が義務づけられるのが普通。よくきものはTPOがあって難しい…という話をお聞きしますが、それは洋装も同じ…というか、厳密に考えたら洋装のほうが厳しいのです。日本での洋装のTPOが曖昧なだけにすぎません。

女性の夜間での正装であるイブニングドレスに匹敵する日本のスタイルは、振袖、訪問着、格を考えると紋付の留袖となります。イブニングドレスで外を歩くことなど考えられませんが、きものでしたら可能です。そして、きものには昼夜のドレスコードはないのです。

↑この部屋のみ、一般の方も撮影が可能となっています。


アフタヌーンドレスやカクテルドレスは昼の礼装。
ディオールのニュールックといわれた曲線を重視したエレガントなスタイル。


1960年代、新素材が生まれアート感覚的になっていくドレス
左◇ピエール•カルダンのスタロン社製モスリン風ウール生地のドレス
右◇クレージュの三重織ウールギャバジンのジャケットとドレスのアンサンブル


プレタポルテ(高級既製服)が主流になった現代(1970年代~)のオートクチュール

左◇カールラガーフェルドによるシャネルのコートドレス
右◇シャネルのテーラードスーツ


左◇イヴ•サンローランのドレスとジャケットのイブニングアンサンブル(1992年春夏)
右◇クリスチャン•ラクロワのジャン•パトゥイブニングドレス(1987年秋冬)


バレンシアガのイブニングドレスとペティコートのイブニングアンサンブル(1967年)


余談ですが、洋装の礼服について。礼服は本来は勲章をつけたときに着ることができるドレスと考えるとわかりやすいのかもしれません。ローブ•デコルテは首もとから肩が露出されたイブニングドレスの正装•礼服で、ローブ•モンタントは肩が露出されない立ち襟のドレスの昼の礼服となります。日本では女性皇族の方々の装いで拝見することができます。

昔は…、お洋服が大好きだった私ですが、今はきものの魅力に取り憑かれ、今展示会も、形よりも素材にばかり眼がいきました。オーガンザ(オーガンジーより張りのある透け感のある平織物)、クレープデシン(フランスちりめん)、タフタ(琥珀織)、シュニール糸(毛虫のような装飾糸)など。

ミュージアムショップでは、フランスのジュリアンフォール社のリボンやタッセル

色とりどりの美しい刺繍糸や

オシャレな裁縫セットもありました。プレゼントにも良いかもしれませんね♪


※会場内の撮影及びきものカンタービレ♪への掲載の許可を主催者よりいただいております。

朱色の羽織を志ま亀の小紋にコーディネート

羽織紐も気に入っております♪



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日本橋の春 / 丁字染めの桜色の紬に墨描きの桜の樹の染め帯

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日本橋髙島屋のエントランスは春真っ盛りでした桜


【3月19日の装い】東京◇雨のち曇り(湿度96%) / 最低気温14℃ 最高気温16℃

丁字染の紬に墨描きの桜の樹の染め帯をコーディネート

桜のシーズンに纏いたくなる自然が生みだした色です桜

絞りと刺繍の桜の花の帯あげは加藤萬、帯〆は五嶋組紐

連休中には桜が開花しそうです。

枝垂桜文様の絞りの道行

古布コラージュの籠バッグは松枝忍、24本富士絹の雨傘はHANWAY


「京に生きる琳派の美」展が開催中(~3月28日まで)
京都日本画家協会と京都工芸美術作家協会の作家が「琳派」をキーワードに制作した新作の展示会。
羽田登、森口邦彦、はじめ染織作家の作品もあります。

京のみやび伝統の味と技展も開催中でした♪


今日は、様々なところで染織関連のギャラリートークがありました。
レポは明日♪


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賀茂別雷神社奉納「葵の想い」ギャラリートーク &葵を染める at 日本橋丸善ギャラリー

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「葵の想い」奉納作品展 が日本橋丸善ギャラリーにて開催中(~3月22日まで)


賀茂別雷神社(上賀茂神社)権禰宜 藤木保誠さまと京絞り寺田の寺田豊先生によるギャラリートークへマイク


葵祭の由来について。飛鳥時代の欽明天皇のとき(「賀茂縁起」によると567年)に風雨がはげしく、五穀が実らなかったので、卜部伊吉若日子に占わせたところ、賀茂の神々の祟りであるとのお告げがあります。そこで4月の吉日に祭礼を行い、馬には鈴をかけ、人は猪頭をかぶって駆競をすると、風雨はおさまり、五穀が実って民は安泰になったということからきています。平安遷都によって賀茂社は山城の国の守護神となり、嵯峨天皇の第八皇女の有智子内親王が810年に賀茂の斎王として奉仕ししてから、葵祭は日本で最古で最大の祭りとなったといわれています。


葵は文語で「あふひ」と書かれ、神さまに会える草と云われています。葵祭には上賀茂神社だけで約1万本の葵を必要としますが、近年の気候や鹿によって京都近郊での葵の入手は難しいものとなりました。現在は福井県鯖江市吉江の方々が発足した「葵の会」により約7000本の葵が奉納されているのだそうです。


上賀茂神社では21年毎に社殿を造り直す式年遷宮があり、2015年(平成27年)10月15日に第42回式年遷宮が行なわれました。遷宮の奉祝行事のひとつとして、葵による草木染めを試み、奉納した染織作家の作品が展示されています。
京絞り寺田の寺田豊、刺繍作家の森康次、染織作家の上原晴子、佐竹孝機業店の佐竹司吉、服部綴工房の服部秀司、染の高孝の高橋孝之の6名。(敬称略)


葵祭でつかった葵で葵染めに取り組まれた寺田豊先生。葵祭でつかった葵で染めるもののはじめはうまくいかなかったのだそう。鯖江では次年度の葵のために初夏に間引きされる葵があるとのことで、その摘み取った葵をつかって成功したとのことでした。とにかくフレッシュなものでないと美しい色はでないのだとか。


媒染別素材別、時間や回数などさまざまに実験されています。

天然の孔雀石をつかった銅媒染は、美しい灰色がかった緑色になります。

写真では再現しにくいのですが、品格のある落ちついた緑色です。

自然がもたらした色ならではの淡い色の中に力があります。

大麻生地を葵で染めたデーターもありました。これも美しい!


京絞り寺田では、式年遷宮で建て替える際の檜皮葺きの檜皮での染めの試みも。

京絞り寺田の寺田豊先生とカメラ


染の高孝の葵染め


服部綴の服部秀司先生、上賀茂神社の権禰宜の藤木保誠さまとカメラ


葵祭には葵文様の帯…。この季節の京都はとても暑く、しかも観覧や参拝はずっと炎天下の外にいることになりますので、単衣のきものに袷の帯まわりで観覧しております。


葵文様の綴の帯、いいなあ~。上賀茂神社の賀茂別雷大神の「別雷」は若い雷(神鳴り)という意味があり、雷を神と考えていた日本人の信仰を伝えていることから、雷文様。私は八咫烏がいいな~と妄想が膨らむ。


佐竹孝機業店の葵文様の袋帯。こんな華やな帯も素敵ですね♪


2012年は下鴨神社の社頭の儀(雨天延期となったので2日間)、2013年は御所で路頭の魏、上賀茂神社で社頭の儀と、どちらも良席で観覧させていただける幸運に恵まれました。まとめリンク↓
葵祭 / 2012年下鴨神社 社頭の儀 & 2013年 京都御所 路頭の儀 上賀茂神社 社頭の儀


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アヤミハビル館へ / ぬぬパナ八重山勉強会の旅 その22

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与那国島の織物 / 与那国町伝統工芸館へ / ぬぬパナ八重山勉強会の旅 その21 のつづき(^-^)/

与那国島にはモスラのモデルとなった、世界最大級の蛾が生息しています。ヨナグニサン(与那国蚕)です。与那国島で発見させたことがこの名前の由来ですが、地元の人はアヤミハビルといいます。アヤミは文様のある、ハビルは蝶、文様のある蝶という意味なのだそうです。

染織の勉強の旅に相応しく、アヤミハビル館へ目

絶滅危惧種であるアヤミハビルことヨナグニサンについて学ぶことができます。


与那国町伝統織物共同組合では、むらおこし事業の一環としてアヤミハビル糸の会が発足されていました。


ヨナグニサンの生態についての映画が館内シアターで上映されています。20分程度。
私は動いているヨナグニサンを正視することができず、自分の手指でモザイクをかけながら視聴…汗

※この先、虫が苦手な方は閲覧注意※

ヨナグニサンの幼虫です。ムシャムシャと葉っぱを食べていました!

幼虫は蛹になるまで5回の脱皮を繰り返します。体長は10cmぐらい。


そして、アヤミハビルこと、ヨナグニサン。こちらは標本です。

モスラのモデルということは、モスラの故郷であるインファント島のモデルは与那国島なのか…と思ったら、竹富島が町おこしのためにモスラの故郷宣言を1996年にしていたようです。絶海の孤島設定なら与那国島のほうが相応しい気がいたしますが…。ヨナグニサンは日本では八重山諸島のみに生息しています。体長は25cmぐらい。手のひらより大きいのです\(゜□゜)/ 
※生きているヨナグニサンの写真はwikimedia comonsより

成虫には口がないため蝶のように蜜を吸って生きるのではなく、幼虫の時に蓄えた養分のみで生きています。成虫としての寿命は1週間ぐらい。大きすぎるゆえに着地に失敗してしまうと二度と飛び立つことができないのだそう…。

雌のほうが雄よりさらに大きい。そして、注目は繭!


ヨナグニサンは外敵から身を守るために葉っぱの中に繭をつくります。なので糸は僅かしかとれません。


ちなみに、こちらがヨナグニサンの繭から引いた糸を緯糸につかって織られた紬。

モフモフしておりますが、この色はヨナグニサンの繭の自然の色のままだそうです。

野蚕糸ならではの光沢と風合いがあります。


私、虫がとっても苦手…、蝶も蛾も苦手、本当は蚕も苦手なのです…。ですが、きもの生活をし、絹ものを四六時中纏う身なれば、絹糸をつくりだしてくれる蚕には、畏敬の念を抱かずにはいられません。毛虫は今でも見ることができませんが、蚕はきもの愛ゆえに? 学びレポをしております。

アヤミハビル館にも馬がいました!


与那国馬はヨナグニサンと同じく、絶滅危惧種。その馬達に会いにいきます。
与那国島の旅、つづきます(^-^)/


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与那国馬に会いにいく / 東崎 / ぬぬパナ八重山勉強会の旅 その23

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アヤミハビル館へ / ぬぬパナ八重山勉強会の旅 その22 のつづき(^-^)/

日本の最西端の与那国島。その東側の東崎へ♪

与那国島の最西端で一番台湾に近い所は西崎(いりざき)、その反対側は東崎(あがりざき)といいます。陽が昇る東の岬はあがりざき、陽が沈む西の岬はいりざき。

2015年の台風21号の爪痕がここにも。風力発電のプロペラが折れています…。

遮るもののない雄大な光景は自然の驚異との隣り合わせなのですね…。

断崖絶壁の岬の牧草地には与那国馬と与那国牛が放牧されています。

遊歩道になっていて東屋までいけるようになっているそうです。途中、馬と牛の糞に注意。

皆さまが雄大な自然を鑑賞しているところ、与那国馬の近くまでいこうと必死な私の後姿。

しかし…、空が時雨れてきたのと、時間がなかったこともあり、呼び戻されて辿り着けなかった…(T_T)

今度はお天気のときにゆっくりと再訪したいところです。
お天気ですと、青い海と空、緑の牧草地に野生の馬。素晴らしい光景が広がります。

奈良の鹿にもびっくりしますが、与那国島では馬が普通に歩いています。

なので、道には糞もたくさん落ちている…(^_^;)

与那国馬は与那国島という孤島ゆえに、他種の馬との混血がなく、もっとも純度が高い馬といわれています。国の天然記念物に指定されています。

体格は小さいですが骨格はしっかりしています。

気性が優しく人に対しても動じません。与那国では農耕馬として人々の暮らしを支えてきたようです。
ちなみにこの馬は、我那覇さんの家の庭の馬。

車窓から海と自然に遊ぶ馬を見ることができるところ、なかなかないような…。

空港の滑走路や人家まで馬がやってくるということはないのかしら…と思ったら、島にはテキサスゲートという溝があって、牛も馬もここを超えることはないのだそうです。なので柵がない。島の大部分が広い牧場のようなもの…ということでしょうか。


柵がないというのは、見ているほうも開放感があってストレスフリー♪

染織巡りの勉強の旅はいつも弾丸ツアーですので、ゆっくりはできませんが、今度来たときはのんびり過ごしたいな~。

※与那国馬の一部、テキサスゲートの写真はwikimedia comonsより

与那国島の旅レポつづきます(^-^)/

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きもので桃源郷へ♪

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桜のお花見に先んじて、桃源郷へ桃の花
小高い丘を登っていくと突如現れます(-_\)(/_-)三( ゚Д゚)

桃源郷は陶淵明の「桃花源記(とうかげんき)」に由来します。桃の林に迷い込んだ漁師が外の世界と隔絶した平和な村を見つけますが、二度とそこには辿り着けなかったという仙境の地です。

ここ数年、桃の花が咲く頃になるとこの地を訪れることを楽しみにしております。今年も無事にお花見をすることができました♪


古来より中国では、桃は邪気を祓う霊木とされ、桃の木でつくった弓矢での悪霊除けの風習があります。

樹皮や木の形はどことなく神秘的。たしかに霊力がありそうです。

仙女が棲む地の桃の木は三千年に一度実をつけ、これを食すと不老不死が得られるという西王母伝説があることから、吉祥文様とされています。

日本でも古事記の中でイザナギの命が桃の実を投げ鬼女を退散させた逸話や桃太郎の民話などにあるよう邪気を祓う果実とされました。ですが、きものの文様としてみることは稀のようです。

珍しいな~と思った、川島織物の桃の実と花文様の綴に刺繍の帯

桃の節句である上巳の節句、旧暦3月3日は2016年は4月9日。桃の花は旧暦の上巳の節句の頃に見頃を迎えますが、開花が早いようですね。

山桜やレンギョウも咲き、里山は春を迎えています桃の花

春の陽射しが眩しい日でしたキラキラ


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扇面文様の疋田絞りにスミレ色の暈しの紬にスミレの染め帯

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桃源郷へのお出掛けコーデです♪
疋田絞りの羽織…、レトロな雰囲気すぎてあまり見かけませんが、桃畑の方々に、こういうきものは、見ていて安心する~といっていただけました。


【3月23日の装い】東京近郊◇曇りのち晴れ(花粉の飛散多し) /最低気温9℃ 最高気温18℃

菫色(スミレ色)の暈しの紬にスミレの花の染め帯をコーディネート

帯は翡翠色地に胡粉が散らしてあり遠目でみるとキラっとしています。

桜の絞りと刺繍の帯あげは加藤萬、帯〆は龍工房

羽織紐は龍工房

扇面文様の疋田絞りの羽織をコーディネート。

バッグはRADLEY、ぞうりは菱屋カレンブロッソ


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大城カメのティージクンピーマ(拳骨)模様の琉球絣に紫木蓮の染め帯。

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暖冬だったゆえか今年は花の開花が早い。木蓮は咲き終わりを迎えています。

木蓮は樹に咲く蓮に似た花だから木蓮というのがその名の由来です。桜よりも少し早く春の訪れを告げるように咲く木蓮。蕾は必ず北を向いていることから、コンパスフラワーともいわれます。


大城カメのティージクンピーマ(拳骨)模様の琉球絣に紫木蓮の帯


アメブロのレトロフレームが新スキンに対応しておらず…、どうしたものか…(@@;

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岩井香楠子染色展 at 銀座和光ホール / 木綿の紫根染に春の草花とヒヨコの刺繍帯

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銀座の街は海外からの観光客の方々でいっぱいですね。古き良き銀座がどんどん遠のいていくよう…。こうなってみると、今から20年前ぐらいに日本人がパリのブランド店で並んで買い物をしていたことをパリの方々がどう思っていたか、わかるような気がいたします。じつは私も当時はパリで買い物をする日本人のひとりでした。あの頃は日本にこんなにたくさんのブランド直営店はなく、より早く新作を手に入れたかった願望がありました。足りないパズルのピースを求めるように次々と買い物をしていたような…。コーディネートを考える楽しみは、きもの生活をしていても変わりませんが、目新しいものを求めるという願望はありません。毎シーズンの流行を追わずとも満たされ、そしてコーディネートの汎用性からして、きものというのは素晴らしいファッションだなとつくづく思います。

銀座和光では「岩井香楠子染色展~着物は究極のロングドレス」が開催中(~3月27日まで)
銀座和光で開催される染織展は、つくり手の世界観にどっぷり浸れるので大好きなのです♪

顔料をつかった型絵染めですが、柔らかい色調。絞りの濃淡と奥行きある彩色、意匠は自然の草花、海外の風景、童話の世界とさまざま。ですがどれも優しく、可愛い~♪

型絵染のきもの、コーディネートが難しいようにも思うのですが、岩井先生のものはより良く調和し、さらに楽しめ、自分の世界が広がりそう~。しかしファンの方が多く争奪戦…。欲しい!と思ったものは既に売約済みばかりでございました。

岩井香楠子先生の工房では、下絵、絞り、型彫り、糊置き、彩色、すべて一貫工程でされています。
たくさんの型紙がありました。すべての作品の歴史ですね。
2015年夏に工房見学させていただいたときのお写真


【3月25日の装い】東京◇晴れ(湿度25%,花粉飛散してます) / 最低気温3℃ 最高気温18℃

草紫堂の木綿の紫根染です。
着やすいように胴裏は絹地をつかっています。異素材ですので袋になりやすいかとも思いましたが、随分ヘビロテで着ておりますが袋にもならず着心地も良いです♪

れえすの花の春の草花にヒヨコの刺繍帯

スミレにアザミと土筆。

ヨチヨチ歩きのヒヨコが可愛い(〃∇〃)ラブラブ

桜文様の絞りと刺繍の帯あげは加藤萬、帯締めは伊藤組紐、根付紐は藤岡組紐、ガラスの小鳥は海馬ガラス。オリーブグリーンはサハラ砂漠の砂からの自然の色です。

古布コラージュのバッグは松枝忍。絞りと鳥つながりでコーディネートしてみました♪


桜もさまざま、春の夜は心地よいですね。←花粉がなければ(^_^;)


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銀座きものギャラリー泰三へ

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京都の「染の聚楽」の直営店である、銀座きものギャラリー泰三さんへ

銀座できものエンドユーザーと直接対話し、京都で最高級のものづくりを提供していらっしゃる高橋泰三さんとカメラ
最近はブログやSNSで情報発信をされるきもの業界の方も多くなりましたが、その先駆者でいらっしゃいます。

何よりも妥協のない丁寧なきものづくりをされているということが素晴らしい。白生地にこだわり、見えないところにも惜しみなく手を掛けたものづくりの姿勢は、今のきもの業界で無くなりつつあるもののように思います。引退するとよくつぶやいていらっしゃいますが…、こうしたものづくりの姿勢が目先の利益のみにとらわれた安易なものづくりへの抑止力になるように思いますので、できる限り末永くつづけていただきたいものです。

呉服店の変遷、きもの業界の相関図など、とても興味がありますが、きものエンドユーザーの立場では中々知り得ることができません。そういったことわかりやすくご教示くださいます。ありがとうございました。

泰三のきものは、絞りに繍箔の技を凝らした慶長小袖の現代版ともいえる豪華なものが主流。

桶染めに刺繍そして金彩加工。桶染めは絞りによる染め分けのひとつであり大変な技が必要とされます。

刺繍は最高峰の蘇州刺繍。日本刺繍は糸を縒ってつかいますが、蘇州刺繍の特徴は平糸で写実的に表現するのが特徴。通常1本の刺繍糸というのは極細の糸が12本で構成されているものだそうですが、泰三のものはそのうちの細い糸3本で縫わせることによって輝きのある繊細で精緻なものができるのだそう。そこに縁を金で囲うことによって立体感をだしています。
蘇州刺繍の職人の中でも泰三のきものを請け負う方は技術力が高いのだそうです。


刺繍の下絵はカチンではなく糸目糊でされるのだそう。それにより滲みなどの不具合もないとのこと。
余白があり、多色づかいでもなく、シンプルな意匠ですが、刺繍の立体感が品格のある華麗さをだしています。


派手ではなく上品な金彩加工。この摺箔の技は泰三のきもの以外でみることはありません。驚いたのは刺繍をされた後に縁蓋をし金彩加工をされているとのこと。


泰三さんはきもの業界の現状だけでなく日本の政治についても警鐘を鳴らされています。政治的な発言はきものエンドユーザーにきものづくりの真意が伝わらないのでは…?と余計な心配もしておりますが、文化の質は為政者の教養と見識が影響することからの厳しい発言とのこと。
なるほど…。そういったことをわかりやすく発信する人は確かに必要かもしれないと改めて思ったのでした。

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