衣紋道高倉流東京道場の上巳の節句行事へ 毎年の節句の度に、さまざまな趣向が凝らされる高倉流東京道場。衣紋はじめの儀でも再現された女房装束の褻の着装。臨場感たっぷりにその装束での投扇興が催されました。 十二単とは、もともとは五衣+唐衣+裳で構成される女房装束のことで、中宮(皇后)や女御、姫君の御前にてお仕えする侍女である女房が主人に敬意を表して身に着けていた装束。 現代では五衣唐衣裳(いつつぎぬからぎぬも)と呼ばれ女性装束における最高礼装となり宮中における即位大礼や結婚式に用いられるようになりました。長袴+単+五衣+打衣+表着+裳+唐衣の構成になっています。 現代の最高礼装の十二単との違いは、表着と打衣を略して着装していること。長袴、単、五衣を着装して、主人の前にでていくために着装しなければならない唐衣、そして成人女性の証である裳をつけています。ちなみに、こちらが着ていない表着と打衣です。 高倉流宗会頭の仙石先生によると、装束で過ごすことが日常であった平安時代は、このように略して着ることも普通であったとのこと。そして五衣(いつつぎぬ)は同寸法。五衣を何枚も重ねて着ることもあったり、六衣もあり。そもそも内の装束の小袖には男性用女性用と続きをみる
『著作権保護のため、記事の一部のみ表示されております。』