四国の旅の最後は屋島へ! 瀬戸内海に浮かぶ島だと思い込んでいたのですが、高松の北東にある屋根のような台形の形状をした大きな丘でした。 もともと江戸時代までは島だったのが、塩田開発と埋め立てから陸続きとなったのだそう。 瀬戸内海からみるとこんな感じ。 そうここは、源平合戦「屋島の戦い」の地。一の谷の戦いで破れた平家が安徳天皇を奉じて逃れて来た古代からの軍事要塞の地なのです。 屋島スカイウェイの途中に屋島古戦場展望所があります。 屋島の戦いといったら、那須与一が平家方の船にあげられた扇の的を射落とした逸話が今も伝わります。 扇にちなんで、扇状のケープ? 屋島は麓には讃岐東照宮の屋島神社 山上には鑑真が奈良に向かう途中に開創したと伝わる屋島寺があります。 平重盛が矢傷を負い死にかけていた狸を救ったことから平家を守った狸の子孫が太三郎狸で、その後屋島に住み屋島を凶事から救ったといわれています。屋島寺の氏神でもある太三郎狸は蓑山大明神として祀られています。 で、ワタクシが来たかったのは、古代軍事要塞であった屋島。 屋嶋の城(き)です。 663年(天智2年)百済続きをみる
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