着物と相撲…、どちらのファンも楽しめるもの。入り待ちでみる力士の着物につづいて、ご紹介するのは「行司装束」です。 相撲は国技であり神事でもありますが、スポーツのひとつ。その審判がこんなにも華麗な衣装を纏っているものは他にはないように思います。現在の行司装束は、大相撲の家元格であった吉田司家の選定により、1910年(明治43年)の五月場所から定められたもの。旧両国国技館の落成と迪宮さま(昭和天皇)の台覧(ご即位前なので天覧ではない)にあわせて、それまでの肩衣の衣装から鎌倉時代の鎧直垂風の装束に烏帽子は古式の折烏帽子になりました。直垂の素材は、幕下格行司(はだし行司)以下は、一年を通して木綿地、十両格行司以上は、九月場所は夏もの絹地もしくは麻地です。 色や文様に定めはなく、金銀糸をつかって行司各自の家紋やスポンサーにまつわるデザイン、現代の拝領紋といったようなものが多いようです。有職故実に則ったシックな装いもみられます。胸紐、菊綴、軍配の房緒の色、履物、物具は階級によって定められています。菊綴は丸組み紐(もの字)ではなく、水干のような鎧直垂の房であることも特徴の一つ。袖括りの紐は丸組紐(括りやすい実用面から)、裾の括り紐は幕下格行司以下は丸組紐、十両格行司以上は袴を括らないので平紐です。 行司の最高位は立行司。行司の定員45名の最上位が木村庄之助です。これは役名であるため、木村庄之助が空位となると式守伊之助が昇格して木村庄之助となりま続きをみる
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