養蚕の当銘光子さんを訪ねる / ぬぬパナ八重山勉強会の旅 その18 のつづき(^-^)/
ぬぬパナの原点、森泉さんと故森伸子さんの宅「アトリエMORI」へ。
「ぬぬぬパナパナのぬぬ」について、あらためて。
沖縄八重山地方の方言で、ぬぬぬ→布の、パナパナ→端々、ぬぬ→布のこと。
糸を紡ぎ染め織りあげる作家さんと、そのぬぬ(布)を纏う人のハシとハシをつなぎたいという想いが込められています。この会は主宰者の浦令子さんが染織作家の故森伸子さんと出会ってはじまりました。
故森伸子の八重山上布
東京生まれの森伸子さんは石垣島に移住し染織に従事します。そして2002年からインド南部地方のある村で実芭蕉(バナナ)の繊維からの糸づくりの技を伝える活動をされていました。その村には実芭蕉はあるけれど、産業というものがなかった。そこで実芭蕉の繊維から糸つくって布に織りあげ販売につなげるという試みをされるのです。残念なことに2007年にご逝去されてしまわれました。
日本では芭蕉布になる糸は、糸芭蕉からつくられます。
沖縄本島の喜如嘉では機結び、八重山では撚りつなぎで糸績みされます。こちらは喜如嘉の糸芭蕉。
こちらが実芭蕉(バナナ)。比べてみると違いがわかるでしょうか。
森伸子さんは実芭蕉からとる繊維は煮ずに生引きにされています。この製法は皮芭蕉、生芭蕉ともいわれ西表では昔からされていた方法。※ちなみに、ぬぬパナの亀田恭子さんが糸芭蕉から生引きの皮芭蕉の作品をつくられています。
森伸子さんのご主人、森泉さんと
泉さんは染織の勉強をとくにされたわけではなかったそうですが、伸子さん亡き後、機に掛かったままになっていた上布を織りあげてしまいます!
もともと何でもつくってしまう方で、この家も工房も、そして織機も!泉さんがつくったものなのだそう。伸子さんの染織のために道具づくりをしていたことが、その技を継承することにつながった…。
「島の暮らしはね、何でも自分でつくるんだよ~。つくっているときが一番楽しい。」とのこと。
自然布には暮らしの能力?のようなもの(自然との共生力含む)が反映されているように思います。私にはその環境も能力もない…。だから自然布に魅かれるのかな…とあらためて気がつきました。
ぬぬパナ技術担当の原千絵さんによる出前レクチャー中。
インドの実芭蕉(バナナ)からとった繊維の芭蕉糸をみせてくださいました。キラキラした美しい糸です。
森泉さんが織った芭蕉布は、経糸ラミー(機械紡績苧麻糸)×緯糸インド芭蕉(バナナ繊維)。
八重山では、経糸と緯糸の異種の糸をつかった織物は交布(ぐんぼう)といいます。
芭蕉の糸ならでは張り、そして独特の透明感がありました。
インドの実芭蕉(バナナ)の葉脈繊維からつくられた糸を緯糸にしたインド芭蕉布(八重山交布)です。
森泉の八重山上布。
上布の定義は苧麻糸をつかって織られた極上の麻布のこと。宮古上布は経糸、緯糸、どちらも手績みの苧麻糸がつかわれていますが、八重山上布は原材料不足から経糸にラミー(機械紡績苧麻糸)がつかわれることもあります。経糸、緯糸が共に手績みの苧麻がつかわれたものは、石垣では本上布といわれていました。 ※帯は瀬底島のべにきちの紅型麻帯。
経糸ラミー(機械紡績苧麻糸)ー×緯糸手績み苧麻糸。
ぬぬぬパナパナでは、糸は何か、染料は何か、そして誰の手でどこでつくられているものなのか、わかりやすくスペック表示されています。 ※帯は亀田恭子の絹×苧麻の交布
森さん宅で、風を纏うように着る<ぬぬパナ小袖>をチームぬぬパナで思案。
今年の初夏のぬぬぬパナパナ展では、森泉さんの経糸ラミー×緯糸インド芭蕉のインド芭蕉布の小袖を纏った浦さんをぜひチェック!?してみてください。
そして翌日の夜も再び森さん宅へ。
和裁師の松下妙子さんによる、自然布の仕立てにまつわるエトセトラ講義。
つくり手向けレクチャーなのですが、自然布を知らない呉服屋さんや和裁師さんがいるこの時代です。きものを着る側は知っておいたほうが良いのかもしれません。
森泉さんにはアレコレと…、上原久美さん、平良佳子先生には八重山滞在の最終日にも空港まで送っていただきました。そして石垣島の皆さま、本当にお世話になりました。ありがとうございました~m(_ _ )m
さあ、次は日本の最西端の島へと向かいます♪
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